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フクロ歯科医院のインプラント治療技術履歴

院長 袋一仁のインプラント技術履歴

私は、東京歯科大学に昭和56年(1981年)に入学しました。
当時は、インプラントという言葉さえも知らないでラグビーやって、酒を飲んで一日終了という時代でした。2年間の基礎の後、いわゆる臨床科目の勉強に入るわけですが、その頃に部分床義歯(部分入れ歯)の教室にいらした講師の※1小宮山先生がスウェーデンの留学から帰っていらして、インプラントという人工歯根の技術を広めようとしていることを聞きました。このインプラントが、現在皆さんがインプラントといっているチタン製の歯根型のインプラントです。それまでのインプラントは、人工サファイアを用いたものや、チタン以外の金属製でできていて、顎の骨以外にも骨膜という骨と粘膜の間に差し込むタイプなど、色々なタイプが百花繚乱に入り乱れていました。それらはみごと?に体の異物排除が起こって、骨にくっつかなかったため、現在まで残っているのは結局、歯根型のチタン製のみです。

※1 現在のインプラントは、スウェーデンのブローネマルク教授によって、純チタンと骨の組織がよく結合すること(オッセオ・インテグレーション)が病理実験で偶然発見され、1965年から臨床応用をスタートさせたものです。小宮山先生は、ブローネマルク教授から直接指導された初めての日本人です。

私の大学時代の想いについてお話をさせていただきます。私は大学卒業時に、「海上自衛隊に入って南極に行こう」という浅はかな考えを持っていましたが、家族からの反対に説得され、北海道にいる義兄の「歯内療法講座の先生が面白い事をやっているからそこに残ったら」というアドバイスだけを聞いて、昭和62年に大学院生として東京歯科大学の保存第一講座(歯内療法講座:歯の根の治療を専門に研究する講座)に大学院生として残りました。義兄の言っていた面白いことというのが、実はインプラントです。 

保存第一講座は、根の治療の講座なのですが、京セラのインプラントを研究していました。私の大学は、講座によって研究しているインプラントが違うという日本にもおそらく他にはないだろうという場所で、京セラ、白鳳、ストローマン、ノーベル、松風などのインプラント大手が、それぞれの講座に研究費を出して研究させていました。 

私の大学院時代は、インプラントに関する研究のみならず、猿や犬を使った実験を行ったり、その成果をインプラント学会をはじめとする学会で発表を行ったりするのが研究活動のメインでした。インプラント周囲の骨のでき方や再殖させた歯の周りの骨のでき方は、病理標本や電子顕微鏡での研究など当時の最先端の研究をさせて頂きました。 

更に、臨床では、インプラントオペの見学や手術の器具出しなどを行って修行しました。また、中川講師(現在の主任教授)のお付で日本各地の開業医向けのインプラントセミナーに伺うなど通常の開業医とは違うアプローチからインプラントを見てきました。 

しかし、大学院の3年目に臨床に対する壁にぶつかり大阪に丁稚奉公に・・・というのは嘘ですが、大学で配当される患者様だけでは、温室そだちの臨床になることに危惧を感じて、私費で大阪にある※2JIADSという勉強会に参加しました。当時、東京方面からの参加者は非常に珍しく(今は東京でも受けられるので便利です)、まだJIADSも始まったばかりで、私はペリオ補綴コースの5期(阪大の補綴の教授もいらっしゃいましたし、一緒に受けた方はその後のJIADS講師になった方もいらっしゃいます。2010年の1月からのコースが68期ということですから長く続いてますね・・・)で、小野、中村という両巨頭を初めとして、講師には臨床歯周病学会の会長をされた船越先生もいらっしゃいましたし、現在の会長の宮本先生もボストンから帰られたばかりでという、なかなかすごいメンバーでした。そこで、歯周補綴(歯周病の外科治療とかみ合わせを失った部分のかぶせ物の治療)の勉強をしたことがインプラントを学んでいる上での基礎となっています。

※1 ボストン大学の臨床教授であるクレイマー、ネビンズといった先生が開業医向けに行っている歯周補綴のセミナー(IADS)を大阪の小野先生が、日本人向けに発展させていった講習会。JIADSのメンバーとは、ボストンでの歯周補綴学会などを通じて更に親交を深めさせてもらうとともに、人工の骨補填剤を用いた歯周治療やインプラント治療など、日本のインプラント治療が、開業医主体でアカデミックになっていった様子を現場で眺めてきました。

大学院卒業後は、実家のフクロ歯科医院でアルバイトを始めたのですが、当時から徐々にインプラント治療を始めて、気づいたら20年の年月が過ぎ去っています。この間に、私が師匠と各地を回って講習会に行っていたインプラントを含めて(会社は京セラですからフォローは出来ています)消えていったインプラントも数知れず、会社によってはそのまま倒産してなくなったものもあります。その中で私の現在考えるインプラント選択について、自分のインプラント変遷から述べてみたいと思います。

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